講話 3 – 1
気づき“キリストの声”は、広大無辺に届きます。遠くにも近くにも、響き渡ります。なぜなら、“キリストの声”は “遍く満ちている”からです。“父”がおられるところには、“わたし”もいます。何処(いずこ)であれ、“わたし”がいるところには、“父”は、常に“わたし”と共におられるのです。
(マタイによる福音書 28:20、ヨハネによる福音書 8:29、10:27-30、14:9-11、コリントの信徒への手紙二 6:16、ローマの信徒への手紙 8:38-39、エフェソの信徒への手紙 1:23、4:6、コロサイの信徒への手紙 1:17、イザヤ書 6:3、エレミヤ書 23:24、箴言 15:3、詩編 33:9、46:7、139:7-10、ヨハネの黙示録 1:8、21:3)
講話 3 – 2
気づき“全能の神”がすべてのすべてであり、神とその “御子キリスト”によらなければ、一切のものは存在しない、これが、“大いなる真理”なのです。
(マタイによる福音書 28:18、マルコによる福音書 12:29-30、ルカによる福音書 10:22、ヨハネによる福音書 1:1-3, 14、14:6、コロサイの信徒への手紙 1:16-17、エフェソの信徒への手紙 4:6、ローマの信徒への手紙 11:36、ヘブライ人への手紙 1:2-3、創世記 1:1、申命記 6:4、イザヤ書 44:6,24、45:5-7、エレミヤ書10:12、箴言 16:4、詩編 24:1、33:6、104:24、ヨハネの黙示録 4:11)
講話 3 – 3
気づき世の平安は、“キリスト”の内に宿っているのです。そして、すべての人びとの魂が、“キリストの命”(the Christ Life)を認識し、父の“愛、美、強さ、叡智、力”を現すことを待っているのです。
(マタイによる福音書 5:9、ルカによる福音書 17:21、ヨハネによる福音書 1:14、14:27、16:33、エフェソの信徒への手紙 2:14、コロサイの信徒への手紙 1:19-20、3:15、フィリピの信徒への手紙 4:7、コリントの信徒への手紙一 13:4-7、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23、イザヤ書 9:5-6、26:3、箴言 3:17、詩編 29:11、37:11、85:8-10、119:165、ヨハネの黙示録 1:4、21:1-4)
講話 3 – 4
気づき“平安と愛”が、あなたたち一人ひとりの内に宿っています。“父”のみが生きておられ、“父”は“愛”であり、“叡智”であり、“平安”であり、唯一の“実在”である ―― この“真理”を認め、受け容れ、それをあるがままに現しさえすれば、あなたたち一人ひとりのすべてに、常に、“平安と愛”が留まり続けるのです。
(マタイによる福音書 5:9、ルカによる福音書 17:21、ヨハネによる福音書 14:27、15:4、16:33、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23、コロサイの信徒への手紙 3:15、エフェソの信徒への手紙 2:14、4:6、ヨハネの手紙一 4:8,16、ローマの信徒への手紙 5:1、8:6、イザヤ書 26:3、エレミヤ書29:11、箴言 2:6、3:17、詩編 29:11、37:11、85:8-10、ヨハネの黙示録 1:4、21:3-4)
講話 3 – 5
気づき“キリストの力”は、まずそれに気づき、次に完全に把握すること、そうして、“主なる汝の神”(the Lord thy God)の臨在をより強く意識するために、静寂な時を過ごすことによって、あなたたちの中で開発されていくのです。
(マタイによる福音書 6:6、11:28-29、マルコによる福音書 1:35、ルカによる福音書 5:16、10:39-42、ヨハネによる福音書 8:12、14:20,23、15:4、コロサイの信徒への手紙 1:27、ローマの信徒への手紙 12:2、ガラテヤの信徒への手紙 2:20、エフェソの信徒への手紙 3:16-19、コリントの信徒への手紙二 3:18、フィリピの信徒への手紙 4:8-9,13、ハバクク書 2:20、イザヤ書 30:15、40:31、エレミヤ書 29:13、箴言 3:5-6、8:34、詩編 46:10、62:1、145:18、ヨハネの黙示録 3:20)
講話 3 – 6
気づき“真理”を悟るとは、「それが “今ここ”にある」ことを知ることです。“わたし”と“父”は一つである」。“父”は“わたし”よりも偉大ですが、“わたし”と“父”は一つとなって働いています。“父”なしに、“わたし”は何もできません。しかし、“父”と共にあるならば、“わたし”は、“父”のなすすべてを行うことができます。“わたし”と“父”は一つだからです。
(マタイによる福音書 19:26、ヨハネによる福音書 5:19,20,30、8:16,19、10:30、14:6,7,9-12、15:5、コロサイの信徒への手紙 1:17,19-20、2:9、フィリピの信徒への手紙 4:13、エフェソの信徒への手紙 2:10、創世記 1:26、イザヤ書 41:10、43:10、45:5、エレミヤ書 32:27、箴言 3:5-6、詩編 23:1、25:4、127:1、ヨハネの黙示録 3:20、21:3、22:13)
講話 3 – 7
気づきまず、“真理”を認識することが、最初に求められます。それに続き、深い理解と静寂の時間をもつことによって、 “わたしの力”が、あなたたちの意識の中で育まれていきます。しかし、全宇宙に現れる“意識”は、唯一の“意識”であり、それは、“命”そのものである“意識”です。“命”は、その栄光を意識的に顕現できる、あらゆる形態を創造したのです。
(マタイによる福音書 6:6,22、11:28-29、ヨハネによる福音書 1:3-4、8:12、10:30、14:6、ローマの信徒への手紙 8:6、12:2、コロサイの信徒への手紙 1:16、フィリピの信徒への手紙 4:13、エフェソの信徒への手紙 4:6、創世記 1:1-3,27、出エジプト記 3:14、イザヤ書 40:31、箴言 3:5-6、8:22-23、詩編 46:10、104:24、139:7-8,13-14、ヨハネの黙示録 1:8、4:11、21:6、22:13-14,17)
講話 3 – 8
気づき“命”は、“命”自身の気づきの中に、自己を顕現するために、人間の魂と体を創造したのです。あなたたちがこれを真に理解したとき、あなたたちは、“キリスト力”(the Christ Power)を、自分の生命・生活の中で発揮するようになります。
(マタイによる福音書 11:28-29、ヨハネによる福音書 1:3-4、10:10、14:6,12,20、ガラテヤの信徒への手紙 2:20、エフェソの信徒への手紙 2:10、ローマの信徒への手紙 8:11、コリントの信徒への手紙一 3:16、6:19、コロサイの信徒への手紙 1:27、3:10、創世記 1:26-27、2:7、イザヤ書 42:5、43:7、エレミヤ書 1:5、箴言 20:27、詩編 8:5-6、36:9、139:13-14、ヨハネの黙示録 3:20、21:6)
講話 3 – 9
気づきあなたたちは物質的な生活、仕事からしばし離れ、“神の国”で安らぐべきです。あなたたちは着実に成長しており、あなたたちの人生の中で、常に現れようと待機している“キリスト”の真の“命”と“力”が、成長し、展開していることを知ることができるのです。
(マタイによる福音書 6:33、11:28-30、マルコによる福音書 6:31、ルカによる福音書 17:21、ヨハネによる福音書 15:4、フィリピの信徒への手紙 4:6-7、コロサイの信徒への手紙 2:6-7、3:2、ローマの信徒への手紙 12:2、エフェソの信徒への手紙 2:6、4:15、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23、出エジプト記 20:1-20、イザヤ書 30:15、40:31、エレミヤ書 6:16、 17:7-8、箴言 3:5-6、詩編 1:2-3、23、37:7、46:10、92:12-14、ヨハネの黙示録 3:20、21:4)
講話 3 – 10
気づき静寂の中で、待ちなさい。 “キリスト”の真の現れとは何か、それは自分にとってどんな意味をもつのか、そうした姿勢を堅持していなさい。このような歩み方によって、あなたたちは、着実な成長を遂げていくことができるのです。
(マタイによる福音書 5:3-48、6:1-18,25-34、7:1-6,12-27、11:28-29、マルコによる福音書 1:35、6:31、ルカによる福音書 10:39、ヨハネによる福音書 15:4、フィリピの信徒への手紙 4:6-7、コロサイの信徒への手紙 2:7、3:15、エフェソの信徒への手紙 4:15、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23、ローマの信徒への手紙 12:12、テサロニケの信徒への手紙一 4:11、出エジプト記 20:18-21、列王記上 19:9-13、イザヤ書 30:15、エレミヤ書 29:13、箴言 3:5-6、8:34、詩編 23、37:7、46:10、62:1,5-6、ヨハネの黙示録 3:20、8:1)