講話 4 – 1

気づき

“わたし”は真のぶどうの木、 “わたし”の“父”は農夫です。“わたし”の内に常に留まり、“わたし”を通して働き給うのは“父”です。“父”と“わたし”は一つであり、決して離れてはいないからです。わたしたちは絶えず共に働き、“わたし”は“父”がなされるのを見て、同じように行います。

(ヨハネによる福音書 5:19、10:30、14:10、15:1-8、詩篇 46:10)

講話 4 – 2

気づき

実を結ぶ枝は“父”が刈り込みをなさいます。そうすることで、その枝はもっと多くの実を結ぶようになるのです。

(ヨハネによる福音書 15:2、ヘブライ人への手紙 12:5-6,11、ローマの信徒への手紙 8:28、詩篇 92:12-14、イザヤ書 27:8-9)

講話 4 – 3

気づき

実を結ぶ枝は、刈り込みをすればもっと多くの実を結ぶということは、誰もが知っていることです。

(ヨハネによる福音書 15:2、ヘブライ人への手紙 12:5-6,11、ローマの信徒への手紙 8:28、詩篇 92:12-14、イザヤ書 27:8-9)

講話 4 – 4

気づき

枝はあなたたちです。あなたたちは“わたし”が与えた“言葉”によって刈り込まれます。その“言葉”は初めにあった“言葉”であり、まさにその“言葉”が神なのです。

(ヨハネによる福音書 1:1-4、15:1-8、ヘブライ人への手紙 1:1-3、詩篇 33:6、119:105、箴言 30:4)

講話 4 – 5

気づき

あなたたちは今こそ、父なる神以外に“生ける存在”はないことを悟るでしょう。万生万物の“父”である神とその“霊”は、すべての生きとし生ける魂に宿っているのです。 “わたし”はその“霊”なのです。

(ヨハネによる福音書 4:24、14:10-11,26、コリントの信徒への手紙一 3:16、15:45、ローマの信徒への手紙 8:9、エフェソの信徒への手紙 4:6、創世記 2:7、詩篇 104:30)

講話 4 – 6

気づき

神は“霊”です。“単なる一つ”の霊ではなく、唯一絶対の“霊”です。“霊”はそれ自身で完全無欠であり、自己を表現するために形態を創造し、顕現する力を持っています。あなたたちは“実在”を意識するにつれて“実在”と一つとなり、“実在”を表現するようになります。

(ヨハネによる福音書 4:24、コリントの信徒への手紙一 2:10-11、コリントの信徒への手紙二 3:17、コロサイの信徒への手紙 1:19、ヘブライ人への手紙 1:3、創世記 1:2,26)

講話 4 – 7

気づき

この気づきと覚醒は一挙にやって来るのではありません。自分の中でそれがどのように成長していくのか、あなたたちは気づくでしょう。熱心に理解を深め、継続的な目覚めに努めることによって、魂の内に覚醒が生じてきます。魂は自己の内に宿っているのは“神の霊”であり、これこそが天と地における唯一の“生ける創造力”であることに気づき始めるのです。

(ヨハネによる福音書 4:24、14:17,26、エフェソの信徒への手紙 4:23-24、コリントの信徒への手紙一 2:12、15:45、創世記 2:7、詩篇 51:10、104:30)

講話 4 – 8

気づき

あなたたちは“わたし”が与えた“言葉”によって、すでに刈り込まれているのですから、“わたし”の名によってさらに多くの実を結ぶことができるのです。

(ヨハネによる福音書 15:2-3、ヘブライ人への手紙 12:5-6、ローマの信徒への手紙 8:28、詩篇 85:8、119:9、イザヤ書 27:8-9)

講話 4 – 9

気づき

“わたし”はあなたたちと共にあり、あなたたちは“わたし”と共にあります。ぶどうの枝が幹につながっていなければ実を結べないように、あなたたちも“わたし”につながっていなければ、実を結ぶことはできません。

(ヨハネによる福音書 14:20 、15:1-8、17:20-23、コリントの信徒への手紙一 3:7、12:12、エフェソの信徒への手紙 5:23、詩篇 1:3)

講話 4 – 10

気づき

“キリスト”だけが、“実在”から語る力を持っています。ゆえに、“キリスト”の名によって語りなさい。そうすれば、あなたたちの“言葉”があなたたちのもとに空しく戻って来ることはありません。

(ヨハネによる福音書 14:6,13-14、コロサイの信徒への手紙 3:17、イザヤ書 55:11、マタイによる福音書 10:20、使徒言行録 3:6、ヤコブの手紙 1:5、箴言 16:24)