講話 2 – 51

気づき

時間は存在しません。 “わたし” はかつて存在し、今も存在し、今後もずっと存在します。このことを認識し、あなたたちもまた、“全能者の生ける現れ”であることを忘れてはなりません。“父”は、常にあなたたちの中で働いておられるからです。

(マタイによる福音書 28:20、ルカによる福音書 17:21、ヨハネによる福音書 8:58、14:10、17:3、コロサイの信徒への手紙 1:17、ローマの信徒への手紙 8:9-10、エフェソの信徒への手紙 4:6、ヘブライ人への手紙 13:8、フィリピの信徒への手紙 2:13、出エジプト記 3:14、イザヤ書 43:10、46:10、箴言 8:22-23、16:9、詩編 46:10、90:2,4、102:27、ヨハネの黙示録 1:8、22:13)

講話 2 – 52

気づき

あなたたちの中にある“神聖な力”は、“わたし”の中にある“力”と同じものです。あなたたちの意識が神の大いなる“神の意識”へと開かれていくにつれて、あなたたちは “わたし” を知ることになるのです。

(マタイによる福音書 5:8,14,48、マルコによる福音書 4:11、9:23、10:27、11:23-24、13:31、ルカによる福音書 17:21、ヨハネによる福音書 1:12-13、8:24,28,58、10:34、11:25、13:19、14:6,20、17:21、18:5-6、コロサイの信徒への手紙 1:27、コリントの信徒への手紙一 3:16、6:17、コリントの信徒への手紙二 3:18、ローマの信徒への手紙 8:9-10、エフェソの信徒への手紙 3:16-17、4:6、ヨハネの手紙一 4:16、出エジプト記 3:14、イザヤ書 40:31、41:10、箴言 2:6、3:5-6、詩編 46:10、82:6、139:7、ヨハネの黙示録 1:8、3:20、21:3,6、22:13-14,17)

講話 2 – 53

気づき

“キリストの声”は恐れを知らず、全能です。“キリスト”は“征服者”であり、今後も打ち勝っていきます。“キリスト”が万生万物を支配することは、“神の法則”だからです。

(マタイによる福音書 28:18、マルコによる福音書 9:1、ルカによる福音書 1:33、10:19、ヨハネによる福音書 16:33、フィリピの信徒への手紙 2:9-11、コロサイの信徒への手紙 1:15-20、ヨハネの黙示録 17:14、コリントの信徒への手紙一 15:25,57、コリントの信徒への手紙二 12:9、ローマの信徒への手紙 8:37、エフェソの信徒への手紙 1:20-22、ダニエル書 7:14、イザヤ書 9:6-7、 箴言 21:30-31、詩編 2:7-8、23:4、46:10、110:1-2、ヨハネの黙示録 17:14、19:16)

講話 2 – 54

気づき

十字架という象徴は、人の内なる“キリスト”が、世に打ち勝つということ、すなわち、人の手によって造られたのではない神殿(肉体)の中での、目覚め、献身、荒野での試み(誘惑)、磔刑(たっけい)、復活、昇天を示しています。これが“キリスト”であり、“勝利者”です。この各段階については、すでに説明しているので改めて説明する必要はないでしょう。しかし、“わたしの言葉”を再び読むならば、あなたたちの内なる“霊”が、さらに“真理”を明かすでしょう。

(マタイによる福音書 4:1-11、5:14、28:5-6、マルコによる福音書 8:34、ルカによる福音書 9:23、24:46、ヨハネによる福音書 2:19-21、14:20、16:33、ガラテヤ人への手紙 2:20、フィリピの信徒への手紙 2:8-9、コリントの信徒への手紙一 3:16、コリントの信徒への手紙二 3:18、ヨハネの手紙一 4:16、ローマの信徒への手紙 6:4、箴言 4:18、24:16、詩編 22:1、34:19、ヨハネの黙示録 1:18、2:10、3:21、12:11、19:16、21:3-4,22、 22:20)

講話 2 – 55

気づき

あなたたちが成長し、“キリスト”が紐解かれていくにつれて、“聖霊”は、心の内奥に秘められている秘密を、あなたたちの意識に、明かしていくでしょう。 “わたし” は“命”であり、“真理”であり、“道”です。 “わたし”、すなわち“キリスト”を通してでなければ、何人(なにびと)も、“父”の御許に行くことはできません。他に道はなく、かつて、いかなる道も決してなかったのです。

(マタイによる福音書 6:33,68、7:14、11:27、ルカによる福音書 10:22、ヨハネによる福音書 14:6,26、コロサイの信徒への手紙 1:27、エフェソの信徒への手紙 3:4-5,16-17、ローマの信徒への手紙 8:9-10、コリントの信徒への手紙一 2:10、ヘブライ人への手紙 4:12、ヨハネの手紙一 4:13、エレミヤ書33:3、イザヤ書 35:8、55:8-9、箴言 2:6、3:5-6、詩編 25:14、119:18,105、139:23、ヨハネの黙示録 3:8,20)

講話 2 – 56

気づき

“キリスト”とは、神の“言葉”であり、神であった“言葉”、神と共にあった“言葉”、肉となった“言葉”なのです。

(マタイによる福音書 4:4、17:5、ルカによる福音書 8:11、ヨハネによる福音書 1:1-14、10:30、コロサイの信徒への手紙 1:15-17、ヘブライ人への手紙 1:1-3、4:12、フィリピの信徒への手紙 2:6-7、テモテへの手紙一3:16、出エジプト記 4:12、ミカ書 5:2、イザヤ書 9:6、55:11、 箴言 8:22-23、詩編 33:6、ヨハネの黙示録 19:13)

講話 2 – 57

気づき

これがあなたたちの“真我”(Real Self)であり、“父なる神”が知り給うあなたたち、“実在”におけるあなたたちです。ゆえに、あなたたち自身も、そのように自己を知らなければならないのです。

(マタイによる福音書 5:48、16:17、ルカによる福音書 15:24、17:21、ヨハネによる福音書 1:12、10:14,30、14:9、17:11,21-23、ローマの信徒への手紙 8:16-17、コリントの信徒への手紙一 3:16、13:12、コリントの信徒への手紙二 5:17、ガラテヤ人への手紙2:20、エフェソの信徒への手紙 1:4、コロサイの信徒への手紙 3:3-4、創世記 1:27、エレミヤ書1:5、イザヤ書 43:1、箴言 3:5-6、20:27、詩編 17:15、139:13-14、ヨハネの黙示録 2:17、3:12)

講話 2 – 58

気づき

肉の感覚の声は影の声であり、分離、制約、病、死を暗示するサタンの声です。ゆえに、神の独り子であり、すべての“父”である“キリスト”を堅持しなさい。

(マタイによる福音書 4:10、マルコによる福音書 8:33、ルカによる福音書 10:19、ヨハネによる福音書 6:68、8:44、14:6、エフェソの信徒への手紙 6:11-12、コリントの信徒への手紙二 3:17、10:4-5、ガラテヤの信徒への手紙 5:13,16-25、ローマの信徒への手紙 8:5-16、12:2、創世記 3:4-5、ヨブ記 1:6-7、イザヤ書 14:12-14、40:31、55:8、箴言 4:23、9:10、詩編 27:1、91:3-4、ヨハネの黙示録 3:20、12:9-10、20:2)

講話 2 – 59

気づき

サタンを恐れてはなりません。恐れるべきものなど、何一つないのです。言うべきことはただ一つ、「肉の想いであるサタンよ、“わたし”の後ろに下がれ。“わたし”は“人の子”にして“神の子”、“勝利者”である。“わたし”は自分で生きているのではなく、“父”によって生きているのである。“父”は、常に“わたし”と共にあり、“わたし”の導き主なのである」。

(マタイによる福音書 4:1-11、16:23、マルコによる福音書 8:33、ルカによる福音書 10:19、ヨハネによる福音書 8:29、14:10、16:33、ローマの信徒への手紙 8:5-7,31,37、エフェソの信徒への手紙 6:11-12、コリントの信徒への手紙二 10:4-5、出エジプト記 14:13、ヨブ記 5:12、イザヤ書 41:10、55:8、箴言 3:5-6、9:10、詩編 23:4、27:1、ヨハネの黙示録 3:12、12:11、20:10)

講話 2 – 60

気づき

“わたし”がこれらのことを語ったのは、あなたたちが 、“わたし” の中で安らぎを得るためです。世には試練があります、しかし勇気を奮い起こしなさい。“わたし”は世に打ち勝ちました。あなたたちも世に打ち勝つのです。

(マタイによる福音書 28:20、ルカによる福音書 12:32、ヨハネによる福音書 14:16-17,26-27、16:33、ローマの信徒への手紙 8:37、フィリピの信徒への手紙 4:7、エフェソの信徒への手紙 6:13-15、テサロニケの信徒への手紙一 5:15,23、コリントの信徒への手紙二 4:8-9、ヤコブの手紙 1:12、ヨハネの手紙一 4:18、出エジプト記 14:13、ヨシュア記 1:9、イザヤ書 12:2、41:10、55:12、箴言 3:5-6、16:1,7、詩編 27:1、46:1-3、ヨハネの黙示録 3:20-21、12:11)