講話 10 – 121

気づき

あなたたちに、肉のものを拒否することを、求めているのではありません。それらは、肉体の中にいる間は必要です。しかし、“霊”のものの方がより重大なのです。

(ヨハネによる福音書 4:24、箴言 3:5-6、4:23、 9:25、マタイによる福音書 6:33、コリントの信徒への手紙一 6:19、15:50、ローマの信徒への手紙 8:5-6、ガラテヤの信徒への手紙 5:16-17、テモテへの手紙一 4:8、フィリピの信徒への手紙 3:18-19、ルカによる福音書 12:22-23、ヨハネの黙示録 2:7、21:6)

講話 10 – 122

気づき

肉のものを軽視すべきではありません。むしろその価値を理解し、認め、それらを適切に活用しなければなりません。

(詩篇 104:14-15、コヘレトの言葉 3:13、テモテへの手紙一 4:4,8、ローマの信徒への手紙 14:2-3、コリントの信徒への手紙一 6:12,19-20、ヨハネによる福音書 2:21、創世記 1:27、コリントの信徒への手紙二 5:17、ルカによる福音書 12:22-23、21:34、ヨハネの黙示録 18:14、21:4)

講話 10 – 123

気づき

肉体的なものは、本来、実在ではありません。目的を達成するための手段にすぎず、目的自体ではないのです。そこで、あなたたちに告げておきます。肉の欲望や、肉のものは、終わりを迎えます。しかし、“霊”のものは、永遠に残ります。

(イザヤ書 40:8、箴言 23:7、コリントの信徒への手紙一 7:29-31、コリントの信徒への手紙二 4:18、ヨハネによる福音書 6:27,63、 マタイによる福音書 6:19-21、ペトロの手紙一 3:4、ルカによる福音書 12:33-34、21:34、ヨハネの黙示録 3:20、 21:1-4、22:1-2)

講話 10 – 124

気づき

個性というものは、感覚による錯覚です。真の個性とは、“神霊”の導きを日々の行動に移したものです。

(サムエル記上 16:7、ヤコブの手紙 1:22、エフェソの信徒への手紙 4:22-24、コリントの信徒への手紙一 6:19-20、コリントの信徒への手紙二 3:18、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-23、マタイによる福音書 5:16、ルカによる福音書 6:43-45、ローマの信徒への手紙 8:5、ヨハネの黙示録 22:14)

講話 10 – 125

気づき

弟子たちの前から身を引くことによってのみ、わたしは、“人間イエス”(the personality of Jesus)の幻想から解放された状態で、弟子たちに接近することができたのです。

(ヨハネによる福音書 7:24、14:28、16:7、20:17、28:20、ルカによる福音書 24:36-43、使徒言行録 1:8、ヨハネの黙示録 1:12-18)

講話 10 – 126

気づき

わたしの弟子たちは偉大な“使徒”でしたが、弟子たちを偉大な“使徒”ならしめたのは、この内奥からの感覚でした。まさに、この同じ内奥からの感覚によってのみ、“わたし”があなたたちに啓示している、“真理”の偉大なる重要性を、理解させることができるのです。

(ヨハネによる福音書 7:17、14:17,26、16:13、マタイによる福音書 13:13-15、コリントの信徒への手紙一 2:10-15、エフェソの信徒への手紙 1:17-18、箴言 2:10-11、使徒言行録 4:31、ルカによる福音書 12:12、ヨハネの黙示録 2:7)

講話 10 – 127

気づき

“人間イエス”のことを、考えてはなりません。イメージしても、いけません。なぜなら、“キリストの真理”を見失ってしまうからです。“キリスト”は“父”の独り子であり、万生万物すべての顕現を支えている“力”なのです。

(ヨハネによる福音書 1:1-3,18、14:6、マタイによる福音書 28:18、ルカによる福音書 24:39、コロサイの信徒への手紙 1:15-16、ヘブライ人への手紙 1:2-3、使徒言行録 17:29、出エジプト記 20:4、ヨハネの黙示録 1:8、21:6、22:13-14,17)

講話 10 – 128

気づき

“言葉”が初めにありました。その“言葉”は神と共にありました。まさにその“言葉”は神であり、その“言葉”は肉となりました。あなたたちの想いから、すべての“人間的なもの”が消え去って初めて、“キリストの真実”(the Reality of the Christ)を見ることができるのです。これが、わたしが言った「何を見に行ったのか、人なのか!」という言葉の意味なのです。

(マタイによる福音書 11:8-9、マルコによる福音書 8:29、9:7、14:61-62、ルカによる福音書 7:25-26、9:20、24:26-27、ヨハネによる福音書 1:1-14、8:28,58、10:30、14:6、コリントの信徒への手紙二 5:16、ヘブライ人への手紙 1:1-2、コロサイの信徒への手紙 1:15-17、黙示録 1:5-6、19:11-16)

講話 10 – 129

気づき

“普遍のキリスト”(Universal Christ)に没入することによってのみ、あなたたちは、“唯一”である神の“真理”を明かす“キリスト霊”(Christ Spirit)が真に人格化した個人となることができるのです。

(ヨハネによる福音書 14:6、マルコによる福音書 8:34、ルカによる福音書 9:23、コリントの信徒への手紙二 3:18、ガラテヤの信徒への手紙 2:20、3:27-28、エフェソの信徒への手紙 4:4-6,22-24、コリントの信徒への手紙一 12:13、マタイによる福音書 5:48、ヨハネの黙示録 21:22)

講話 10 – 130

気づき

“わたし”はあなたたちの中に、あなたたちは“わたし”の中に、わたしたちは彼らの中に、そうしてすべては、“父”の中にいるのです。

(ヨハネによる福音書 14:20、15:5、17:21、ルカによる福音書 10:22、エフェソの信徒への手紙 4:6、コリントの信徒への手紙一 12:12、マタイによる福音書 22:39、ヨハネの黙示録 3:20、21:3)