講話 4 – 11
気づき“キリスト”は決して死すべき感覚や外界の事物に反応して語ることはありません。“キリスト”は常に神から語ります。あなたたちもこれを学ばなければいけません。そうすることによって外界を静めることができます。沈黙のうちに語られる静かな声は、人の手ではなく“神ご自身”によって造られた“神殿(身体)”の内から現れるのです。
(詩篇 46:10、ヨハネによる福音書 8:28、14:23、列王記上 19:12-13、コリントの信徒への手紙一3章16節、コリントの信徒への手紙二 5:1、ヘブライ人への手紙 1:1-2、ハバクク書 2:20、ヨハネの黙示録 1:10-12、5:1-7)
講話 4 – 12
気づきぶどうの枝がよい実を結ぶように、父はぶどうの木の中で働かれています。 “わたし”につながり、“わたし”がつながっている人びとは、豊かな実を結びます。
(ヨハネによる福音書 15:1-8、ローマの信徒への手紙 8:28、ガラテヤの信徒への手紙 5:22-24、詩篇 1:3、85:8、イザヤ書 27:8-9、ヘブライ人への手紙 12:5-6)
講話 4 – 13
気づきあなたたちが“わたし”にとどまり、“わたし”の言葉があなたたちの内に常にあるならば、あなたたちの望むものは何でも叶えられます。
(ヨハネによる福音書 15:7、ヤコブの手紙 4:2-3、マタイによる福音書による 6:5-15、7:7-8、詩篇 37:4、ヨハネの手紙一 5:14-15、マルコによる福音書 11:24)
講話 4 – 14
気づきあなたたちは、わたしが語ったことの重大な意味をまだ理解していません。“キリスト”は決して懇願せず、要求もせず、命令もしません。ただ現れるだけなのです。なぜなら、“キリスト”は御業を成されるのは“父”であることをご存知だからです。
(ヨハネによる福音書 5:19-30、10:37-38、14:10,31、フィリピの信徒への手紙 2:5-11、マタイによる福音書 20:25-28、ヨハネの黙示録 1:1-3、22:8-10)
講話 4 – 15
気づき“父”がご自身の内に“命”を持たれているがゆえに、“子”も自らの内に“命”を持っているのです。“父”は今、ご自身の内にある永遠の“命”を、“子”にも永遠に与えているのです。“父”の内にあるまさにその“命”が、“子”の内にある“命”なのです。
(ヨハネによる福音書 1:1-4、5:26、10:30、コロサイの信徒への手紙 1:15-16、ヘブライ人への手紙 1:3)
講話 4 – 16
気づきこのようにしてあなたたちは豊かな実を結び、“わたし”の弟子となり、“父”の栄光を讃えるのです。
(ヨハネによる福音書 12:26、15:8、マタイによる福音書 5:16、コロサイの信徒への手紙 1:10ヤコブの手紙 1:25、ペトロの手紙一 2:12)
講話 4 – 17
気づき父が“わたし”を愛されたように、“わたし”もあなたたちを愛しています。それはあなたたちがこの“愛”の内に留まるようにするためです。
(ヨハネによる福音書 15:9-10、エフェソの信徒への手紙 3:17-19、ヨハネの手紙一 4:7-21、コリントの信徒への手紙一 13:4-8、マタイによる福音書 22:37-39)
講話 4 – 18
気づき“わたしの愛”に留まるということは、すべての幸福の秘訣です。それがなければあなたたちの人生は不毛です。
(ヨハネによる福音書 15:10-11、詩篇 16:11、23:1-6、37:4、ヨハネの手紙一 4:16、箴言 3:5-6、ヤコブの手紙 1:2-4、マタイによる福音書 6:33)
講話 4 – 19
気づき“キリスト”が心の内に宿るとき、そこには “愛と叡智”そして“力”があり、あなたたちを悩ますものは消え去ります。“キリスト”はすべてに打ち勝つからです。
(ヨハネによる福音書 14:23,27、ヨハネの手紙一 4:4、コリントの信徒への手紙二 3:5-6、ヤコブの手紙 1:2-4、詩篇 46:1、フィリピの信徒への手紙 4:6-7、マタイによる福音書 6:25-34、ヨハネの黙示録 21:3-4、22:1-5)
講話 4 – 20
気づきこれによって、あなたたちの喜びは満ち溢れるでしょう。あなたたちが“わたし”を選んだのではなく、“わたし”があなたたちを選んだのです。
(ヨハネによる福音書 15:9-11,16、エフェソの信徒への手紙 1:4-5、イザヤ書 61:1-3、詩篇 16:11 、ペトロの手紙一 1:8-9、ローマの信徒への手紙 8:28-30、ヨハネの黙示録 17:14、21:7、22:14)