講話 13 – 42
死は、神の中で成長し、花を咲かせる“キリスト”の、より大きな展開への入口に過ぎません。生前よりも生き生きとした魂として、自分が生きていることに気づくとき、それは、あなたたちを圧倒します。そのとき、ただ一つ願うことは、愛する人びとのところに戻り、自分が発見した栄光のすばらしい真実を、伝えたいということなのです。
(ヨハネによる福音書 11:25-26、ルカによる福音書 24:5-6、フィリピの信徒への手紙 1:21-23、コリントの信徒への手紙一 15:42-44、コリントの信徒への手紙二 5:8、詩編 16:11、ヨハネの黙示録 21:4)
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