講話 13 – 18

「分離も区別も存在しない」と“わたし”が言うとき、おそらくあなたたちは、その意味を十分には理解していないでしょう。あなたたちが区別を見ているときは、すでに分離の中に生きているのであり、個人として、肉体感覚の中に生きているということです。分離の中に生きているときに、区別が見え、区別が見えることによって、分離を感じる ―― これこそが大いなる錯覚なのです。

(マタイによる福音書 5:44-45、 7:1-2、13:13-15、23:8-12、25:40、マルコによる福音書 10:14-15、12:29-31、ルカによる福音書 6:37、11:34-35、17:21、ヨハネによる福音書 8:15-16、17:21-23、使徒言行録 10:34-35、17:28-29、ローマの信徒への手紙 2:11、8:38-39、12:5、ガラテヤの信徒への手紙 3:28、コリントの信徒への手紙一 1:10、3:3、12:12-13,22,45、15:28、コリントの信徒への手紙二 3:18、5:16-17、ガラテヤの信徒への手紙 3:28、エフェソの信徒への手紙 2:14-16、4:2-6,13、フィリピの信徒への手紙 2:2-3、コロサイの信徒への手紙 3:9-11,14、申命記 6:4-5、イザヤ書 45:22、箴言 3:7、6:16-19、8:22-23,30-31、詩編 36:10、133:1、ヨハネの黙示録 7:9、21:3、21:6-7、22:13)

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