講話 10 – 14
“実在”は考えではなく、言葉でもなく、信念や信仰でもありません。想像の産物ではなく、心の中で作り出せるようなものではありません。“実在”は、すでに完全であり、生きており、今まさに、“自己”を表現し続けているのです。それは存在する“力”のすべてであり、常に在る“命”であり、過去も未来もなく、ただ、“永遠の今”だけがあるのです。
(マタイによる福音書 6:34、マルコによる福音書 4:39、12:27、ルカによる福音書 20:38、24:39、ヨハネによる福音書 1:1-4、8:58、11:25、14:6、使徒言行録 17:28、ローマの信徒への手紙 6:23、8:38-39、コリントの信徒への手紙一 8:6、15:45、コリントの信徒への手紙二 3:17、4:18、ガラテヤの信徒への手紙 2:20、エフェソの信徒への手紙 3:17-18、4:6、フィリピの信徒への手紙 1:21、3:13-14、コロサイの信徒への手紙 1:17、ヘブライ人への手紙 1:1-2、13:8、ヤコブの手紙 1:17、ヨハネの手紙一 5:7、出エジプト記 3:14、イザヤ書 43:10、箴言 3:19、8:23、詩編 90:2、102:27、ヨハネの黙示録 1:8、21:6、22:13)
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