講話 6 – 25

キリストにはすべてが知られていますが、人の内なる意識には、キリストが紐解かれるまでは、すべてが明かされているわけではありません。そのとき初めて、内なる霊は、その栄光、力、本質、愛、平安を明かすのです。真理が自らを解き放つのは、心の静けさを通じてのみなのです。

(マタイによる福音書 5:8、6:6、11:25-29、13:11-12,16-17、マルコによる福音書 4:11,22、ルカによる福音書 8:10、10:21-22、17:20-21、ヨハネによる福音書 14:26、15:26、16:13-14、17:21-23、使徒言行録 1:8、2:17,38、17:28、ローマの信徒への手紙 8:6,11,16-19、コリントの信徒への手紙一 2:9-12,16、コリントの信徒への手紙二 3:17-18、ガラテヤの信徒への手紙 1:16、2:20、5:22、エフェソの信徒への手紙 1:17-18、3:16-19、フィリピの信徒への手紙 4:6-7、コロサイの信徒への手紙 1:27、2:3、3:3-4、テサロニケの信徒への手紙一 5:19-23、テサロニケの信徒への手紙二 3:16、テモテへの手紙一 3:16、ヘブライ人への手紙 4:12-13、ヤコブの手紙 1:5、ペトロの手紙一 1:8、ペトロの手紙二 1:19、ヨハネの手紙一 2:20、2:27、創世記 1:1-2、イザヤ書 30:15、40:31、55:10–11、ハバクク書 2:20、コヘレトの言葉 3:11、箴言 2:6、3:5-6,13、20:27、詩編 46:11、62:2、121:2、139:7-10、ヨハネの黙示録 1:8、2:17、3:20、21:3-4,23)

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