講話 2 – 12
“真実なるもの”は“霊”の次元にあり、そこにあなたたちの“真我”として存在します。外なるものはその写しに過ぎませんが、感覚を通して外界に反応してしまう心の技巧によって、かえってぼやけさせられてしまいます。
(マタイによる福音書 6:19-23、マルコによる福音書 8:18,36、ルカによる福音書 11:34、16:13、17:21、ヨハネによる福音書 3:6、4:24、7:24、10:27-30、使徒言行録 17:28、26:18、ローマの信徒への手紙 8:9、12:2、コリントの信徒への手紙一 2:12-15、13:12、コリントの信徒への手紙二 4:16,18、5:16-17、ガラテヤの信徒への手紙 4:6、5:16,25、エフェソの信徒への手紙 1:17-18、4:23-24、フィリピの信徒への手紙 3:20-21、コロサイの信徒への手紙 2:17、3:1-4、ペトロの手紙一 3:3-4、ヨハネの手紙一 2:16-17、創世記 1:26-27、サムエル記上 16:7、イザヤ書 11:3-4、40:18、55:8-9、箴言 3:5-6、4:7,23、20:27、詩編 36:9、51:8,12、73:25-26、ヨハネの黙示録 21:4,23-24,27)
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