講話 2 – 3
“天”とは場所のことではなく、神に気づいている状態(an awareness of God)のことです。あなたたちは何を意識しているか、しばらく振り返ってみなさい。自分自身のこと、外の物事、目に見えるもの、耳に聞こえるものでしょうか。それとも心を内に向け、 “内なる声”を意識していますか。“内なる声”は “ご自身”を、その偉大さを、その偉大な力を、あなたたちの生活の中で啓示しようと待機しているのです。
(マタイによる福音書 5:8、6:20-23、マルコによる福音書 4:9,24、ルカによる福音書 17:20-21、ヨハネによる福音書 10:27、14:6,16-17,23,26、16:13、使徒言行録 17:27-28、ローマの信徒への手紙 8:5-6,16、12:2、コリントの信徒への手紙一 2:10-13,16、コリントの信徒への手紙二 4:18、5:7、ガラテヤの信徒への手紙 5:25、エフェソの信徒への手紙 1:17-18、フィリピの信徒への手紙 4:7-8、コロサイの信徒への手紙 3:1-2、テサロニケの信徒への手紙一 5:19-21、ヘブライ人への手紙 11:1、ヤコブの手紙 1:5,19、ヨハネの手紙一 2:27、列王記上 19:11-12、イザヤ書 30:21、55:8-9、箴言 2:10-11、3:5-6、4:23、8:34、16:9、20:27、詩編 27:4、46:11、139:7、ヨハネの黙示録 2:7、3:20)
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