講話 1 – 48
世のさまざまな重荷を思い煩うとき、悲哀が訪れるのです。心を天に仰ぎ、父は何が必要かを知り給い、すべてを用意して下さっていることに喜び、感謝しなさい。食卓はすでに用意されているのです。望むならば、今すぐに宴会に参加し、好きなだけごちそうを頂くことができるのです。ただ一つ求められるものは、それを受けとることができる心の器だけなのです。
(マタイによる福音書 6:8,25-34、7:7-11、22:2-4、マルコによる福音書 4:19、ルカによる福音書 12:22-32、14:16-24、ヨハネによる福音書 6:35、10:10、16:24、使徒言行録 2:46、ローマの信徒への手紙 8:32、コリントの信徒への手紙一 2:9、10:16、コリントの信徒への手紙二 9:8、ガラテヤの信徒への手紙 5:1、エフェソの信徒への手紙 3:20、フィリピの信徒への手紙 4:6-7,19、コロサイの信徒への手紙 3:15、イザヤ書 25:6、箴言 3:5-6,9-10、10:22、28:25、詩編 23:1-6、34:8-11、37:3-5、81:11、ヨハネの黙示録 3:20、19:9、21:6)
気づきを投稿するにはログインしてください。
新規ユーザー登録はこちら。