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聖書の価値について、共に考えていきましょう。

『聖書』とは、地上界の律法のみならず、天上界の律法も述べているものです。

多くの書に記されている言葉は、古代イスラエルの預言者たちによる啓示(けいじ)の言葉です。これらの預言者たちは啓示を受けた者であり、霊的な事柄すべてについて深く研究していました。

彼らは、表現されるのを待っている“霊的源泉”からの知識を、インスピレーションに従って発動させる力を持っていました。

“預言者たち”の大部分がこの目的のために生まれたのです。聖書のいたるところで、彼らの多くに起こった尋常(じんじょう)ではない出来事を読むことになるでしょう。それらの言葉はインスピレーションによるものではありますが、しかし、それらは人間によって書き記されました。

啓示(インスピレーション)は“霊”からやって来る力であり、“霊”がその経路を通じて “ご自身”を表現するものです。そうした場合、しばしばその経路となる媒体(ばいたい)の特性にしたがって形作られます。 “霊的源泉”から降りてくる啓示にはもっと純粋な形態があります。今この瞬間に起きているような、内なる領域に宿る“霊力の意識”が、使用する媒体の内なる意識を通して現象化すときです。このやり方は、場合によっては、あなたたちが読んでいる聖書に登場する預言者たちによって用いられたこともありました。

わたしたちはこれを“啓示の書”と呼んでいますが、これが世界で大いなる価値を持っている秘密なのです。

魂は常に自分の存在の源を探し求めており、この願いがインスピレーションを通じて、人を真理へと導くのです。どの魂からの呼びかけでも、“霊”の領域から答えられないということは決してありません。

あなたたちは皆、永遠に、偉大なる“全能の父”と繋(つな)がっているのです。あなたたちと父との間に距離はなく、 “わたし” とあなたたちの間にも距離はありません。どこにも隔(へだ)てるものはないのです。分裂や分離は、人間の心の中に生じた無智からくる思いつきに過ぎません。

“実在”には分離はありません。あなたたち一人ひとりの中にいる“神の霊”と、わたしの中にいる“霊”との間に分離はなく、その“霊”はあなたたちに語りかける“父の霊”です。“霊”のみが声を持っているのです。