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何人(なんびと)であれ“この言葉”は、それを聞いても堅持(けんじ)しない者からは取り去られてしまいます。それはあたかも、道ばたに蒔(ま)かれた種が根付かなかったようなものです。(マタイによる福音書13章3-8節、マルコによる福音書4章3-8節、ルカによる福音書8章5-8節)

“内なる王国”について、わたしの言葉を聞く別な者もいます。彼らはその言葉を直ちに受け入れ、喜びます。しかしその言葉は、わずかな間しか根を張らず、その後、忘れ去られてしまいます。そして何か問題が起こるときには、根が十分に深くないために枯れてしまいます。これは石だらけの地面に落ちた種のようなものです。

あなたたちがわたしの言葉を堅持しなければ、その言葉は魂に根付かないために、奪(うば)われてしまいます。わたしの言葉はあなたたちの魂に深く浸透(しんとう)し、根付かせ、信仰によってしっかりと保持されなければなりません。(ヨハネによる福音書8章31節)

その言葉とは、「“わたし”は“命”である」です。“わたし”は一切を支配しています。天においても地においても、すべての力が “わたし” に与えられています。

豊かさがあっても、世俗的な欲望や惑(まど)わしのために、その“言葉”を窒息(ちっそく)させてしまうかもしれません。それらは成長を妨げるアザミです。わたしのこれらの言葉について、真剣に考えてみなさい。

あなたたちは “わたしの言葉” を聴き、今やそれを理解しました。それゆえ、その“言葉”は良き土壌(どじょう)の中で成長し、実を結びます。なぜならあなたたちが良き土壌であり、ある者には百の、ある者には六十の、ある者には三十の実がなるからです。

前回、あなたたちに伝えたとおり、あなたたちがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたたちを選んだのです。(ヨハネによる福音書15章16節)

さて、わたしはあなたたちの中に“わたしの種”を蒔き、あなたたちが“わたしの言葉”を受け入れ、この“言葉”があなたたちの中に宿るとき、“わたし”はあなたたちの中にいて、あなたたちは“わたし”の中にいるのです。

“わたしの言葉”はあなたたちの中のパン種(だね)です。あなたたちが自分の中でそれに働くことを許すならば、あなたたちがパン種になるのです。(マタイによる福音書13章3節、16章6、11、12節。マルコによる福音書8章15節。ルカによる福音書12章1節、13章21節。コリントの信徒への手紙一5章6-8節。ガラテヤの信徒への手紙5章9節)

“わたしの言葉”はあなたたちの中で湧き出て来るでしょう。それは永遠の“命”の泉です。それはあなたたちの魂と身体に満ち溢(あふ)れ、わたしたちは一つになって呼吸し、考えるようになります。こうしてあなたたちはわたしの体を食べ、わたしの血を飲み、“わたし”を忘れることがなくなります。(ヨハネによる福音書6章48-71節。創世記9章4節。レビ記17章10-11節)