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“わたし”は天から降(お)りてきて肉の世に入り、肉の世に “命”を与えている“命のパン”です。(ヨハネによる福音書6章33,35、41、48、51、58節)

天国とは場所のことではありません。それは内なる意識であり、“実在”に関する内なる直覚(ちょっかく)です。この“実在”についての内なる直覚では、地は下にあるように、上には天国があるとして知られています。

地とは内界の現れにすぎません。地に生気(せいき)を吹き込んでいる“命”は、内からやって来て、外に向かって“ご自身”を現しています。

内なる意識は天であり、地の体を通して、地に自己自身を現しています。わたしは、そして今やあなたたちも、あなたたちとわたしは一つであることを知っています。“わたし”は天国にいます。あなたたちも“わたし”を理解するならば、今この瞬間でさえ、共に天国にいるのです。

“わたし”はあなたたちの中にいて、あなたたちは“わたし”の中にいます。ゆえに、“わたし”の体を食べ、“わたし”の血を飲むならば、あなたたちは“わたし”と共にいるでしょう。“わたし”はあなたたちの中にいて、あなたたちは“わたし”の中にいるからです。かくして、あなたたちは“わたし”を忘れることはなくなるでしょう。(ヨハネによる福音書6章53-56節)

わたしの言葉が誤解されてきたのは、わたしが“内なる命”から語っているからです。わたしが“命”から語るとき、それは肉のことではありません。肉にはこの件については発言権がないからです。

“わたし”の“霊体”は純粋質料(substance)であり、完全です。肉体に栄養を与えるのは霊体だけです。もしあなたたちが“わたし”を、すなわちわたしの“命”を飲むならば、あなたたちは“わたし”を自分の中に取り込みます。もしあなたたちがわたしの体を、すなわち“わたしの叡智”を食べるならば、“わたしの叡智”はあなたたちの中にあり、“わたし”は常にあなたたちと共にいることになり、このようにして、あなたたちは“わたし”を忘れなくなります。

“わたし”の教えはわたしのものではありません。わたしの内に住まわれておられる父なる神の教えなのです。父なる神がわたしに代わって語られているのです。

今やあなたたちは“わたし”を知り、“わたし”がどこから来たのかを知っています。わたしは自分の意思で来たのではなく、“わたし”を遣わされた方から来たのであり、その御方(おかた)は真実です。“わたし”があなたたちに明らかにするのは、父である御方です。“わたし”は父の御心(みこころ)を行い、父の御心は“わたし”の中で行われます。

“わたし”は“父”を知っています。なぜなら、“わたし”は“父”から来たからであり、“父”が“わたし”を送ったからであり、しかも、わたしたちは“一つ”だからです。「“父”と“わたし”は一つです」