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この上なく美しい景色を観て、それをキャンバスに描こうとしても、その結果はコピーに過ぎず、本物とは比べようもないでしょう。あなたたちの場合もそれと同じことなのです。

“真実なるもの”は“霊的次元”に存在するのであり、あなたたちもその次元に、あなたたちの真我として存在しているのです。外界に現れている姿はコピーに過ぎず、それは感覚を通して外界に反応してしまう心の働きによって曇らされてしまっています。

“内なる実相”を、その驚くべき“愛と安らぎ”のパワーを、外側に顕現させなさい。全宇宙を貫いて存在している“創造原理”は、人間の目には見えず、天使の目にも見えませんが、 “唯一の実在せるもの”として、すべてのものの形成過程として働いており、それによって、あらゆる目に見えるものとして出現しなければならないのです。したがって、無智と恐怖によって外なるものがぼやけないようにしなさい。

“わたし” は“命”です!わたしは自分自身が“命”であることを知っています。知っているからこそ、“命”となっているのです。 “わたし” により、 “わたし” を通して、万物が創造されたのです。 “わたし” と父は一つです。なぜなら、他に“命”はないからです。(ヨハネによる福音書1章1-4、10-12、14節)

わたしには、わたしが見ていること、知っていることを、言葉であなたたちに伝えることはできません。しかしあなたたち自身の内には、 “永遠の今”のままに存続している栄光を、あなたたちに啓明(けいめい)している“霊”がいるのです。

この霊的パワーの自覚が、ペテロの信仰の基礎であり、またわたしの弟子たちが、奇跡を起こすことを可能にしました。しかし、法則が理解されれば、奇跡ではなくなります。あなたたちもこの内なる強力な力に気づくとき、自分自身の意識の中に“創造原理”があることがわかります。自分自身の意識こそが、創造原理が表現される手段なのです。あなたたちの意識を通して、あなたたち自身の人生のすべてが現れています。なぜなら意識こそが、あなたたち自身の内にまします父なる神ご自身だからです。これが、わたしが常に気づいていることであり、あなたたちもまた気づいていなければならないことなのです。

子供たちは、本能的に物事を知っています。子供たちが知りたいと思っている多くの適切な質問が、子供たちを導くべき大人の無智によって、未回答のままになっています。おそらくこれらの質問は、生涯、再び質問されるまで答えられないままになってしまいます。真理を求める魂は、扉を開くことができます。なぜなら、「見よ、私は戸口に立って扉を叩いている。もし誰かが、私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう」であり、これは偉大にして強力な“生ける神の真理”です。わたしと父は一つです。(ヨハネの黙示録3章20節)

この真理に目覚めれば、常に存在しているものがあなたたち自身の生活に現れるようになります。あなたたちの中に、またあなたたちを通じて、“創造力の大いなるフォース”が働いています。しかしあなたたちはそれに気づいていません。しかしそれは顕現する以外になく、しかもあなたたちを通して現れなければならないのです。なぜならあなたたちは、その目的のために、特別に創られているからです。

わたしが語ってきたことを、よくよく考え、明らかにしてほしいです。そうすれば、感覚的なマインドでは説明できない、言葉では表現できない“真理”に気づくでしょう。説明しえないものは悟る以外にないのです。言葉で説明できないものこそ“真理”であり、あなたたちがそれに気づいたときに、それは完全に現れるからです。「真理とは何か」ではなく、「それが真理である」ということなのです。

あなたたちは、ありとあらゆる“命と愛の中心”から流れて来る“生命”によって、新たに創造をしています。このように神の御心は、天に行われているように、地にも行われています。これは、あなたたちの中で、“今”行われていることなのです。