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神の命をあなたたちの内なる“キリスト意識”として見なさい。そうすれば「わたしは命である」ということに目覚めます。

“命”とは意識です。神がご自身を顕現されているのです。他にはありえません。“キリスト”は父の唯一の子です。

大いなる人とは、すべてのものが存在する世界を治めるキリストのことです。この“キリスト者”もまたすべての個人の中に存在し、どんな場所であっても分離はありません。もしあなたたちがこのことに気づくことができたら、分離も差別もない実在の完全性を理解することが、なんと素晴らしいことかがわかります。

“聖なる種”の成長があなたたちの中に現れています。秘められた働きが進行しています。忍耐強く待ちなさい。時季が来れば実が成るように、あなたたちの内なる“キリスト”は“神の果実”、すなわち完成品として結実します。

たとえあなたたちが気がついていなくても、あなたたち一人ひとりの中で不断の御業(みわざ)が進行しています。大いなる“真理”に停止はなく、人類全体の至る所で、絶え間なく、上方へと向かう動きがあります。これがあなたたちの中で働いている“キリスト”です。

そうです、あなたたちの質問に答えますが、この講話が完結したら出版され、世界中の人びとも手にすることができるようになるでしょう。

“霊的諸力”(スピリチュアルフォース)は、数千年前と同様、より高次の知識と智恵を世界にもたらすために、今も活用されています。わたしたちが、分離や差別を見いだすのは人間の想念の中です。しかし、“キリスト”である大神霊は、常に同一不変であり、人類の想念の闇を強力に切り開いて進む種となっています。

土(つち)は植物の種を覆っている物体であり、同じように人間は、大神霊を覆っている物体です。人類は成熟に向かって成長を続けており、やがて“内在している霊”を唯一の“実在”として気づくようになります。

この大いなる業(わざ)を助ける最良の方法は、“感覚”の扉を閉じることです。なぜなら、「汝の目が“一つ”であるとき、汝の全身は光で満たされる」からです。(マタイによる福音書6章22-23節、ルカによる福音書11章34節)

この強大なる力が、その美しさと英智を展開しつつあるのを見るのは、内なるビジョンです。強大なる力は“普遍なる遍在”であり、自己を全体から分離せずに完全なる全体として表現します。かつ、全体の中に“多数の自己”を表現し、多数の中に“全体の自己”を表現しています。どこにも分離、分割、分裂はないのです。このことを覚えておいてください。これをあなたたちの心(想念)に根付かせなければなりません。それは、真理という岩を支える柱です。