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天国こそ人間の意識の真の状態であり、それはまた父なる神の真実の現れであると認識したとき、自由がやってきます。“わたし”と父は一つです。

そしてもしあなたたちが、「わたしと父は一つである」というこの言葉のより深い意味を把握することができ、それが実際に真実であることを納得し、自分自身にその言葉を繰り返すならば、外なる自分が変わっていきます。なぜなら、内なる者が気づき、納得することは、外なる者にも現れるからです。

わたしが理解し、実感しているのは、この大いなる力です。このようにわたしは真理を認識し、真理に目覚めたのです。わたしの内に常におられるのは父であり、父はわたしの中で働かれています。御業(みわざ)を為さるのは父です。父ご自身が、父ご自身の御業を為されているのです。

永遠なる大神霊、神のキリストは、すべての被造物に先立っていました。「“わたし”はアブラハムの前にいる」とは、アブラハムの中だけでなく万生万物すべての魂の中の“わたしはある”が命であることを認識している ―― ということです。

世の人びとに、「神のキリストは世の初めから実在したという真理」をはっきりと示すために、わたしが行った明快な宣言がこの言葉だったのです。「“わたし”はアブラハムの前にいる」

世の人びとは、すでに亡くなっている預言者たちを認めながらも、その一方で永遠の命である真理は無視していました。しかし、キリストが十字架から蘇(よみがえ)られたとき、その使命は成就されたのです。

天と地は、一なる永遠の大神霊が、形としてご自身を現している御業ですが、そこには分割はありません。身体は、目に見えない人間が機能する焦点にすぎません。

神のキリストは、顕現するために、創造された形態に関与します。“一なるもの”の中に存在していますが、その“一なるもの”は万物の中に存在しています。

命のみに生命があります。これが重要な真理のすべてです。真理には始まりがないので、新しいものなど何もありません。神はありとあらゆるすべてをすでにご存知なのです。

あなたたちがここにいることは、単なる偶然ではありません。あなたたちがここにいることは、神にはすでにご存知のことなのです。一羽の雀でさえ、父が知らずして地に落ちることはなく、あなたたちの髪の毛ですら数えられているのです。