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天は迷わなかった九十九匹よりも、一度は見失っても今見つかった一匹を喜びます。

多くの人が、父が迷える羊の方を愛するので怒ります。しかしあなたたちに言っておきます。迷った羊の方が、いっそう父の愛を必要としているのです。わたしを信じなさい。神の愛は“わたし”を通じて現れており、わたしはすべての人を、たとえわたしを軽蔑していた人であっても愛しているということを知りなさい。

わたしの神に対する意識は、不当な仕打ちを受けても決して曇らされることはありません。わたしの神の愛に対する悟りと自覚は、「父よ、彼らを許し給え。彼らは自分たちが何をしているのか知らないのです」という真実を吐露(とろ)できる心境に導いたのです。

群れからはぐれていないかも知れませんが、父を愛するすべての者に与えられる父の賜物を受け取ることができない人がいます。それは彼らが「常に神と共にあり」ということを知らないからなのです。

遠くに離れていても呼びかければ聞いて下さるかもしれないと考え、声を張り上げて呼びかけ、叫ぶ人もいます。しかし言っておきます。“わたし”はあなたたちの中にいるのです。“わたし”は神の子であり、“わたし”は世の光です。“わたし”は個性化した真実の父であり、私が父に求めるものは何でも父が与えてくださいます。もしあなたたちが、自分の中でわたしに気づき、わたしの名によって求めることができるならば、あなたたちが求めることは何でも、あなたがたのためになされます。

耳を傾けさえすれば、父があなたたちの心の中で常に語っているその声を聞くことができます。「わが子よ、あなたは常にわたしと共にあり、わたしのものはすべてあなたのものなのです」と。

あなたたちが存在するのは、神がおられるからであり、神が保有されているものはすべてあなたたちのものなのです。

あなたたちの多くは、活力に欠けているように見えます。それはあなたたちが、霊・心・肉という三つの次元、言い換えれば、霊、魂、体という三つの側面のバランスを崩した生活をしているからです。

このアンバランスな状態は、生命はいくつかの外部の根源から派生していると信じ込んでいるために生じています。

多くの者は肉体に注意を多く払いすぎ、命(生命現象の根源、原因)の源にはほとんど注意を払わないのです。