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あなたたちは今まで、あなたたちが永遠に生きるものであり、自分は命そのものであり、命から離れて生きることはできないと考えたことがありますか。あなたたちの意識は、命が身体の中に自己を現す手段であり、身体は命から離れて生きることはありません。意識は命自身の中にあり、内にあって指示する力です。「わたしは命です」

個人を通してこの力は現れます。そのとき、外からのエネルギーはすべて障害となることを知りなさい。キリストは常に活動的であり、決して静的ではありません。キリストは常に内から働きかける創造力です。永遠に続く静けさです。常に働かれる父です。あなたたちが静かに神を待つとき、神の息は静かな整然とした活動によって、あなたたちの身体のあらゆる細胞を蘇らせます。

「わたしは命です」これがわたしのメッセージです。あなたたちとわたしは、神の前では同じです。神の霊がわたしを創り、神の全能の力がわたしの中に宿っています。そして、同じ霊があなたたちの内にとどまっています。

わたしは、わたしの神性は人びととは違うと宣言するために来たのではありません。そうではなく、“わたし”は人びとの中にあり、人びとは“わたし”の中にあり、そうして、わたしの言葉を理解することによって、誰もが皆キリストこそ人類の救い主であると主張するようになることを示すために来たのです。

神のキリストとは、わたしたち一人ひとりのすべてに生ける神が臨在されているということです。すなわち、神が神ご自身を現されているのであり、それ以外にはあり得ません。なぜなら存在するのは神のみだからです。初めから父のみが存在していたように、今後も父のみが永遠に続きます。キリストは分離されていません。あなたたちの内なるキリストも、わたしの内なるキリストも同じです。キリストとは、生ける父ご自身の顕現です。「わたしは命です」と説くのはそのためなのです。父はご自身の内に命を持ち、その同じ命を、子が子自身の内に持つことを許されたのです。

神の子である“わたし”は、創造的な計画の中で、わたしが占めている位置を知っています。そして、創造の過程で願ったものは何であれ、それ相応の役割を占めることになります。なぜなら、わたしがすべてのものを支配していることを証明したからです。もしあなたたちがわたしを信じ、わたしの言葉を実行するならば、あなたたち自身もこれを証明することができます。

ヨハネは言いました。「その言葉は初めにあった。まさにその言葉は神とともにあった。神はその言葉であった。同じことが、初めに神と共にあったのです。すべては神の手によってもたらされたのです。神なしに創造されたものは何一つもありません。命は神のうちにあり、命は人の光です。そして、その同じ光は闇の中で輝き、闇はそれに打ち勝つことはありません。彼はこの世に来たすべての人を照らす真の光でした。彼は世にいて、世は彼の手の下にありましたが、世は彼を知りませんでした。彼は自分のところに来ましたが、自分のところは彼を受け入れませんでした。しかし、彼の名を信じる者は神の子となりました。これらの者たちは、自分たちが生まれたのは血からではなく、肉の意志からでも人の意志からでもなく、父なる神から生まれたことを知っています。そしてこの言葉が肉と成り、わたしたちの中に宿られました」

これが当時、アラム語で書かれたヨハネの言葉の正しい解釈です。したがって、血からではなく、肉の意志からでもなく、父なる神から生まれたことを知っている人たちは今、永遠の命を得ていることがはっきりと描かれていることがわかります。神はご自身が造られたものになることによって、物事を造られました。闇は人の光に勝つことはありませんでした。なぜならこの光は、この世に来るすべての魂を照らす光だからです。この光はすべての人の中にあります。なぜなら最初から人びとの中に在ったからです。この光こそ人類の中にある神のキリストです。

これがすべての生きとし生ける魂に宿っている言葉です。まことにあなたたちに言っておきます。生まれてくるすべての赤子は神の言葉によって生まれるのであり、その言葉とは永遠に生きるキリストです。この件に関しては、肉には口出しする権限はありません。

各人それぞれ、現在の想念と行為によって未来を創っています。そして“今”とは、常に現在のことです。“今”にしか創造することはできません。未来に創造することはできず、過去に創造することもできません。