講話番号順に表示 新規投稿順に表示

聖なる想念とは、あなたたちの内なる“キリスト”の湧現です。

あなたたちのうちほんのわずかな人しか、“キリスト”の万能の力を理解していません。それは、あなたたち一人ひとり個別に現象化している父の霊なのです。父を意識しなさい、神の言葉を意識しなさい。外なるものと内なるものを繋(つな)ぐ者、それがあなたたちの内なるキリストなのです。

あなたたちは、内側を究めれば、父を発見するでしょう。外側を探せば、種々の反応、結果が目に入ります。あなたたちはこの二つの違いを認識し、あなたたちの内なる偉大な“創造力”に気づかなければいけません。これが存在する唯一の創造力です。その源を認識した上で、意識的に活用することは、その創造力自体に本来備わっている完璧性が、あなたたちの“生活”(生命・生活・生涯)にもたらされることになるのです。

ゆえに、あなたたちの知能のプロセスである推論によってその力を制限してしまってはならないのです。そうするならば無限に至る道を閉ざしてしまいます。あなたたちの推論の働きは、物事を理解することに限定されています。それゆえに、あなたたちは一切の狭量な信仰や他人の考えを捨て去らなければなりません。そうすることで、曇りのない(制約されたもののない)意識状態が個人の意識に浸透し、そこに知能による推論を超えた“聖なる神の力”が溢れてくるのです。

この“神性”そのものの特性には、推論なしに、想起(検索)なしに、ただちに知る能力(直接知)があります。在るがまま、自由自在です。神性には無限の理解力とキャパシティがありますので、神性それ自身の中に創造する力があります。それ自身が“叡智”(えいち)に満ちているので推論を超越しています。あなたたちが神性について推論するとき、推論がそれを制限します。なぜなら、それは推論を超越しているからです。あなたたちの推論は、想念の中にあるものに基づいていますが、“実在”はあなたたちの想念を超越しているからです。

あなたたちの推論が及ばないものについては、推論を働かせることはできません。しかし、あなたたちの想念の限界をクリアにすることで、あなたたちのキャパシティを広げることができます。

あなたたちの信念や信仰が、あなたたちの無限の展開を妨げています。もしあなたたちを邪魔する信念や信仰がなければ、あなたたちは再び幼い子供のようになり、妨害されることなく、自由に“実在”を理解することができるでしょう。

多くの人びとが、自分の硬直した信念や信仰のために妨げられており、他人から与えられた考えを超えるものは何も受け入れることができません。そのため、彼らは自分の外の権威に身を委ね、その結果、制限され、縛られ、もはや自由ではなくなってしまいます。

今、あなたたちの中に現われている“キリスト”のとてつもない力を妨げているのは、このような障害や思い込みなのです。キリストは、天においても地においても、すべての力を与えられています。このことを理解すると、制約された思い込みは消えていきます。なぜなら、本来、キリストには、どんな制約もないからです。“キリスト力”とは、個別化された父なる神ご自身であり、あなた方一人ひとりの中で個別にご自身を表現されています――ご自身から離れることなく、しかも思いもつかぬほどの多様性を持ち、にもかかわらず一つであり、同一です。なぜなら、キリストはすべての人共通だからです。

「汝ら、幼子(おさなご)の如くあらずんば、神の国に入ること能(あた)わず」です。他の人から与えられた考えや信仰の制約から解放された想念となってのみ、無限なるものを受け入れることができるのです。なぜなら、あなたたちの中で働いているのは“わたし”だからです。