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人の心(想念)がどんな物事でも判別するレベルに達したとき、内なるそれ自身(自己)の最高位に到達したとき、そのとき初めて、“ありとあらゆるすべて”を覆い、分離させていた幕を貫通し、「“キリスト”についての完璧な悟り」の中へと入っていきます。そしてそのとき、わたしはあなたたちに問います。「汝らに今わかっているものは何か」と、するとあなたたちは答えます。「わたしにわかっているのは“キリスト”だけです。キリストがすべてのすべてです」

人の想念が“キリスト力”を現すことができる道具となるとき、それは真に叡智(えいち)に満ちたものとなります。ありとあらゆるすべてを理解しており、それによってありとあらゆるすべてを新たに創造し続けている“全知全能”というものがあります。すべてのものが新たに創造されているのは、この“力”(全知全能)によるものなのです。

これがあなたたち自身の内に植え込まれている力であり、あなたたちの想念が、ありとあらゆる制限された信念、信仰、考えから解放されたときに、内奥から表に出て来ます。真実の叡智は、想念が分離や分割を知らないときに行動を開始します。

これが、“全知全能”からあなたたちを隔てているベールを突き抜けた結果なのです。

そのベールを破ることに何の難しさもないことを、わたしはあなたたちに保証します。それは簡単なことです、あなたたちの想念からすべての制約、すべての信念や信仰、すべての理論が排除されたとき、まさにそれが達成されたとき、あなたたちはわたしの方を向くことができ、わたしはあなたたちを通して語るでしょう。

人間というものを内面から観てみると、その抱いている信念や信仰、精神的概念、発想、考えなどによって、いかに多くの力が幽閉されているかがわかります。

あなたたちの大きな差し障りの一つは、「祈りの時間は、他の時間とは異なっているべきだ」という錯覚(さっかく)です。

祈りとは“神が臨在している”という感覚であり、それはすべての時間において、意識的な現実でなければなりません。

あなたたちは一週間の中の一日を、祈りのために予約しています。週の一日を祈りのために確保しているので、週に一度の祈りと瞑想で満足してしまっているのです。

言っておきますが、それは正しいやり方ではありません。正しい方法とは、あなたたちの中で父が働いていることを、継続的に、いつでも自覚しており、意識しているということです。そうすればあなたたちは、分離も分割もどこにもなく、時間も空間も存在しないということに目覚めます。