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しかし、外なるものは、内なるものの反映にすぎません。肉の欲望であっても、内からのものに応じていることを銘記しておきなさい。しかし、肉のすべてのものには終わりがありますが、霊のものは永遠です。

わたしはあなたたちに、肉のものを拒むことを要求しているのではありません。肉のものは、肉体の中にいる間は必要ですが、霊のものは、もっと重要なのです。

肉のものを軽蔑してはいけません。その価値を認め、受け入れ、それに応じて用いなさい。

それらは、それ自体として実在ではありません。目的を達成するための手段にすぎず、目的そのものではありません。そこで、わたしはあなたちたに言っておきます。肉の欲望と肉に関する物事は終焉を迎えますが、霊のものは存続していくのです。

パーソナリティ(個性)は感覚の幻想ですが、真実の個性とは、神の霊が日々の行為に置き換えられたものです。

わたしは弟子たちの中から身を引くことによってのみ、イエスという個性の幻想から解放され、弟子たちのところに来ることができたのです。

わたしの弟子たちを偉大な使徒にならしめたのは、この内なる感覚なのです。そしてその理由は、まさにこの内なる感覚によってのみ、わたしがあなたたちに明らかにしている真理の重要性を、あなたたちにも認識させることができるからです。

あなたたちは人間イエスの個性など考えてはなりませんし、その個性を想像してもいけません。なぜならそうすることは、キリストの真理に対して、あなたたちを盲目にしてしまうからです。キリストは父の一人子であり、あらゆる現象の背後にある力なのです。

言葉が初めにありました。その言葉は神とともにありました。その言葉はまさに神でした。またその言葉は、肉となりました。あなたたちの想念からパーソナリティが消えることによって、キリストの実相を見ることができます。これがわたしが「あなたたちが出て来て見たものはなんですか?それは人間です!」の意味です。

普遍的なキリストの中に入ることによってのみ、“一なる”神の真理を明らかにするキリストの霊が真に個別化した個人になることができます。