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ほとんどの人びとの心は、罪の力によって打ちひしがれています。彼らが見ることができるすべては、世の中の無智と、世の中の罪です。あなたたちは、無智と罪を通じてキリストを見出すことはできないのです。神の愛を通してのみ“キリスト”を見ることができるのです。愛である父の完全無欠なる現れは、永遠なる今に生きている“彼の息子”なのです。

わたしは愛によって神の子になっています。あなたたちもまた愛によって神の息子・娘にならなくてはなりません。それ以外の方法で、あなたたちが本物の神の息子・娘になることはできません。

あなたたちは生まれながらにして神の息子・娘です。あなたたちの中に、大神霊が“キリスト”として内在されているからです。あなたたちがキリストを悟ったとき、自分自身がキリストであったことを知ります。そのとき、それを理解した心から愛が洪水のようにあふれ出るのです。このことはまだ目覚めていない魂にとっては想像もつかないことです。

あなたたちの物質的感覚では、善と悪の両方が同じ力をもっているように見えるでしょう。しかしそれは死を免れない感覚による理論化であって、実在における真実ではありません。

神には善も悪ありません。神は今の今、完全無欠に現れています。もしあなたたちが全知全能の神は善であり、悪もまた存在すると言うならば、あなたたちの考えはまちがっています。どうやって遍在なる善の中に悪が存在することができるのでしょうか。

あなたたちの誤解が、悪の存在をあなたたちに信じ込ませてしまっているのです。理論的に考えることをやめ、神の愛があなたたちを通じてご自身を表現するままに委ねなさい。そうすれば、あなたたちを恐れさせているもの、あなたたちの真実を妨げているものは、元々の無となって消滅していくでしょう。よく考えてみなさい、そうすればあなたたちは、恐れと悪が創り出されているのは自分の心の中であることに気づくでしょう。なぜなら、恐れも悪も、遍く満ちている神の中には存在していないし、存在することもできないからです。

愛こそ唯一の実在であり、久遠の常在なのです。然(しか)らば、この“久遠の常在”こそどんな制約も受けない“永遠なるもの”であることを悟りなさい。

闇は光の不在にすぎません。あなたたちの心に愛が満たされているとき、魂に闇は存在していません。なぜなら愛は世の光だからです。真理とは世の光を探求することです。“愛”こそが第一原因であり、この真理をあなたたちが発見すれば、あなたたちはすべてを発見したことになります。愛は恐怖を追い出すように、愛の本質に反するものを何もかも追い出します。

恐怖とは、真理の欠如(無理解、無智)によって引き起こされる自我がつくる妄想であり、魂と体にかかわる生命の流れを一時的に中断する働きがあります。

しかし、「自分が主である」と知っていたら、あなたたちは恐れることがあるでしょうか。「キリストが本当の自分である」と知っていたら、恐れるでしょうか。「存在しているのは神だけであり、現れているのは神のみであり、神によって創られたあなたたちは決して神から離れることができない」と知っていたら、あなたたちは恐れることがあるでしょうか。