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聖母マリアに抱かれた神の子の像は、すべての赤子に生まれるキリストの象徴なのです。父は一人ひとりすべての人の中に個別の人格となって現れたのであり、それによって、永遠なる神の子であるキリストが地上に誕生していることを明らかにしているのです。

周囲を見渡し、お互いを見つめ合い、「あなたはどこから来たのですか」と尋ねてみなさい。父のみがご存知なのです。

「油注ぎ」(聖別、洗礼)とは、神に命を捧げるということです。それによって、神のみによって創られた神殿(肉体)の中で、キリストが目覚めるのです。

あなたたちの悟りの程度に応じてキリストが顕現します。それによって命を神に捧げるようになります。

しかしそのとき、誘惑が来ます。世の誘惑は、キリストがそれを克服するためにあるのです。「私はすでに世に勝っている」

磔刑(たっけい)は、すべての人が十字架にかけられるということを意味しています。人は皆、それぞれゲッセマネの門をくぐらなくてはなりません、ある人はある道を通じて、別な人は別な道を通じて、このようにしてあなたたちは自分の経験によって清められていきます。

すべての経験の中でもっとも偉大なのは、自分の利益のためではなく、生きているすべての人びとの利益のために、自分の命を十字架につけ、再び生き返ることができたということです。「わたしを信じる者は決して死なない」―― なぜなら、もはや彼らは“永遠の生命”の秘密を見出したからです

次にやって来るのが復活です、この死すべき肉体から抜け出た魂の復活です。キリストとは肉体の中に現象化している大神霊のことです。昇天とは、この“実在”に対する真実の悟りであり、“永遠なるキリスト”の実現です。

キリストはあなたたちの内にあるのです。外から来るそれ以外のものは何の役にも立ちません。一人の魂の進化は、全人類を高揚させます。それは全人類が一つになるためです。

時間の要素には、過去も未来もなく今しかない、ということを完全に把握すれば、まちがった考えや宿痾(しゅくあ)は除去されてしまいます。少しでも継続するものは人が行う善のみです。であるならば、無智や罪、あるいは過去の物事に囚われるのはやめなさい。